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フェニカの軌跡:出会いと手仕事、自由な空間作りとは?ビームスから高円寺へ、二人のバイヤーが紡ぐライフスタイル

1980年代、ロンドンで出会ったテリー・エリスと北村恵子。ビームスでのバイイングを経て、二人は独自の審美眼を磨き、日本のライフスタイルに合わせたセレクトで注目を集めました。服から家具、民藝の世界へ。柳宗理との出会いを機に、手仕事の美しさに魅了され、全国の作り手との交流を深めます。高円寺のショップ「MOGIFolkArt」では、ヴィンテージ、オリジナル、民藝をミックスした自由なスタイルを提案。彼らの暮らしは、多様な文化が交錯する、豊かなインスピレーションの源です。

📘 この記事で分かる事!

💡 ロンドンでの出会いから、ビームスでのバイイング、独自スタイルを確立。

💡

💡 柳宗理の作品との出会いをきっかけに民藝の世界へ、手仕事の魅力を発信。

フェニカの軌跡を紐解くため、まずは初期の出会いと、ビームスでの挑戦から見ていきましょう。

ロンドンの出会いとビームスでの挑戦

ビームスの成功、テリーと恵子のカギは何?

独自の目利きと、好きを追求したこと。

1980年代、テリー・エリス氏と北村恵子氏が出会い、ビームスでバイイングのキャリアをスタート。

ロンドンで出会ったデザイナーの服を買い付け、日本の顧客向けにアレンジしていました。

1980年代、テリー・エリスと北村恵子はロンドンで出会い、やがてビームスでのバイイングという共通のキャリアを歩み始めました

当初はロンドンで活躍するデザイナーの服を買い付け、日本の顧客向けに仕様変更を依頼するなど、独自のスタイルを築き上げました。

ファッションビジネスが成長する中で服の価格が高騰したため、二人は家具や生活雑貨へと視野を広げ、北欧デザインやミッドセンチュリーモダンビンテージのイームズの椅子など、自分たちの゛好き゛を追求しました。

民藝との出会いと手仕事への目覚め

90年代、二人が魅了された日本のものづくりとは?

民藝の世界、手仕事の魅力。

90年代に入り、二人は柳宗理のデザインしたバタフライスツールとの出会いを機に、日本のものづくり、特に民藝の世界に足を踏み入れます。

全国の作り手との交流も深めていきました。

90年代に入ると、二人はインテリアや家具に本格的に興味を持ち始めます。

柳宗理デザインのバタフライスツールとの出会いをきっかけに、日本のものづくり、特に民藝の世界に足を踏み入れました

柳宗理との交流を通じ、民藝運動の魅力に触れ、全国の作り手との出会いを重ねていきます。

沖縄、島根、鳥取などの産地を巡り、手仕事の魅力を発信しました。

彼らは、土地の材料と技術でつくられた手仕事の価値を高く評価し、作り手との深いコミュニケーションを重視するようになります。

モギフォークアートと自由な空間作り

高円寺の「MOGIFolkArt」が提案する独自のスタイルとは?

民藝、雑貨、ヴィンテージ等をミックスしたスタイル。

高円寺にオープンした「MOGI Folk Art」は、国内外の器やクラフト、ヴィンテージなど、店主が長年かけて集めたこだわりの品々が並ぶお店です。

自由に楽しめる空間を目指しています。

現在、二人は東京・高円寺で「MOGIFolkArt」を営み、民藝、フォークアート、雑貨、ヴィンテージ、オリジナルアイテムをミックスした独自のスタイルを提案しています。

彼らの自宅には、アフリカのマスクから日本の屏風、北欧セラミック、現代アートまで、多様な品々が混在し、自由な発想で空間を構成しています。

彼らは、民藝における「用の美」というキーワードにとらわれず、目で見て楽しめるものも含めて選び、日々の暮らしに取り入れることを提案しています

フランスの家具から現代アーティストの絵画へも関心を広げ、常に新しいものを取り入れ続けています。

フェニカの二人の軌跡は、時代と共に変化しながらも、自分たちの゛好き゛を追求し、手仕事の価値を伝え続けています。

自由な発想で、暮らしを豊かにするヒントが詰まっていますね。

🚩 結論!

💡 ロンドンでの出会いからビームスでの活躍、そして高円寺での新たな挑戦。

💡 服から家具、民藝へと広がる興味、そして手仕事への深い理解と尊重。

💡 「MOGI Folk Art」で見られる、自由な空間作りと多様な価値観の融合。